わたしの恩師その1

(わたしには恩師がその2、その3と登場する。その二人のことも今後紹介したい)

わたしは質問魔で、よく先生に質問をする学生だった。
19歳のあるとき、当時女子ラグビー日本代表のヘッドコーチをしている宮崎先生にこんな質問をした。

「宮崎先生。先生は、わたしたちにどんな社会人になってほしいと願っていますか?」
先生は間髪入れずに答えて下さった。
「また、この人と一緒に働きたい。一緒に働けなくてもせめてまた会いたい。
そう思われるような社会人になってほしいです。そう言う人は、魅力に溢れています。
きっと職に困ることがありません」

卒業してから6年目の3月、そうおっしゃっていた先生からお仕事を頂いた。

6年経って、学生と講師という関係性ではなくなっても、
未だにお世話になっていることに、感謝が絶えない。

先生がオーダーして下さったお仕事は、先生の愛する地域とラグビーの両方を伝えるものだった。

それに携わらせて頂けたことの歓びは、どんな言葉でも表せることができない。。。
本当に本当に、嬉しく有難いこと。。。

当時宮崎先生は、専任講師ではなかったし、1年生の頃はほとんど面識もなく
「からだのおっきいせんせいだなー」としか思っていなかった。

でも、たった1年間で、わたしは先生のことが大好きになった。

僕は自分と自分の仕事が大好きだと冷静に淡々と豪語するところ。
授業とまったく関係のないことを優雅に語るところ。
ご両親を誰よりも尊敬すると言い切るところ。
奥さんを愛してやまないと学生の前で褒めちぎるところ。
生徒への教育と選手への指導を使い分けて意識しているプロなところ。
将来の夢と計画とご自身の文筆を堂々と共有してくださるところ。
どんな学生に対しても、来るもの拒まず去るもの追わず、いい距離感を持っているところ。
いつもポジティブで穏やかで起伏がまったく感じられないところ。
何よりも、ご自分のことが大好きなことが溢れまくっているところ。

先生は学生を一人の人としてリスペクトしながら接してくれていて、
それを感じたから好きだったのかもしれない。

先生が周りの方にわたしを紹介するとき、
「学生の頃から、ぶっ飛んでます。よく質問してよく考えて、他の学生とはちょっと違う珍しいタイプの学生でした」と言っていた。
わたしとしては、どこがぶっ飛んでいたのか、どう他の学生と違ったのかは良くわからないけれど、

よく先生に進路や岐路で相談をしていた。
先生は、いつも9割ただ黙って聴いて下さって、的確なことを1割の中にギュッと凝縮して伝えて下さる。

そんな真剣な会話の中で、先生はいつも決まって最後にこれを聞いた。

「鈴木さん、今、お付き合いしている人はいますか?」
わたしが答えると、先生は冷静に淡々と、声色を変えずにいつもこう言ってくれた。

「鈴木さんは、笑顔と素直な心がとても素敵です。知性と存在感があって魅力的です。
可愛い奥さんになってカッコイイお母さんになります。だから、大丈夫です」
当時のわたしとしては、「・・・え、えぇ?!今それ?」と思わず笑って、心が和んだ。

わたしはいつも一つのことに集中すると一切を投げ打って、それにかかりっきりになる。

もしかしたら先生は、ゆとりを持とうよ、
人生は目の前で起きてることだけじゃないから大丈夫だよ、と言って下さっていたのかもしれない。
考えて意図的に言ったというより、本能からくる直感で言って下さったのかもしれないけれど。(という方が先生には適している気がする。笑)

「宮崎先生!わたし、いつか先生と一緒に仕事が出来るような、
そういう社会人になりたいです!頑張ります!楽しみにしていてください!」
卒業式の日に、先生にハワイのお土産を渡しながらそう言ったわたしの夢を、
わたしではなく先生が6年越しで叶えて下さった。

アントレプレナーセンターとの出会いも、元を辿れば先生のお陰だ。
一日10万円の感動ツアーにも招待者として二人で一緒に参加した。

そのアントレプレナーセンターでのエピソード・ゼロは、また別の機会にここに記したいと思う。

宮崎先生、また一緒にお仕事がしたいです。
先生こそ、きっと多くの方にそう思われる、魅力溢れる素晴らしい方です。
いつも、ありがとうございます。

これからもご指導の程、よろしくお願い致します。

2014 夏