この言葉、
人任せで
信憑性がなくて
放っておかれているみたいで
気やすめな慰めみたいで
長い間、好きじゃなかった。
時間が解決できないことの方がずっと多いじゃんと子どもの頃から思っていた。
時間が経過することで、煮え切れない思いが中途半端に熟成して腐っちゃったら最悪だ。とか、時間が経過することで、こびり付いてシミになっていくら漂泊しても消えない思いってあるじゃん。とか。
でも、この年齢になってみて、その言葉の意味が少しずつわかるようになってきた。気がする…
解決させるために四苦八苦したり前向きに自分をモチベートしたりすることが必要な時もあるけれど
常にそれが大切な姿勢ではない。それをすると空回りして心の浪費だけがかさむことがある。
時間が自分の思いを整理してくれて、自分の心を落ち着かせてくれることは案外、往々にしてある。
時間が人を冷静な大人へと成長させてくれることがある。
時間には、解決するほどの力はないんだと思う。
ただその時間の流れに乗って、ゆらりふわりと思いを漂わせて行く中で、より自分を知る瞬間が増えれば気付いたときにはどこかに着地していることがあるのかもしれない。
人間関係こそほとぼりが冷めたとき、「嗚呼~、あんなことで悩んでたなー、自分」と笑ってしまえることが
沢山、あるものだ。
2014年 春

