今の私にできること①~どん底と境界線編~
2年前の今頃。すっごい具合が悪かった。ある人と話したり、あることを話すとストレスで、文字通り体が震え出す症状があった。(あ、それとは別に私は昔からよく手が震えていることで有名ですが、病気ではありません。笑)
2年前の今頃。すっごい具合が悪かった。ある人と話したり、あることを話すとストレスで、文字通り体が震え出す症状があった。(あ、それとは別に私は昔からよく手が震えていることで有名ですが、病気ではありません。笑)
日本はキリスト教とその文化を欧米から輸入し続けてきたと言っていいと思う。というか、宣教師がやってきて(フランシスコザビエルfromスペイン)そこから日本にキリスト教が広がり始まるわけだけれど、そもそもキリスト教はユダヤ教が土台にあってそこから発展している。だから、元を辿るとキリスト教はアジア発祥の宗教である。
この言葉の持つ威力と無責任さについて言及したい。※私の文体が怒ってるように捉えられるかもしれないけれど、怒ってはいない。笑 私はこの2年間、自分の信仰を含めて「信仰とは何か」を探してきた。
※アイキャッチの写真は、私がお店で焼いたお好み焼きです♡↑ 前回のブログで月島に滞在していたと書いた。月島といえば…もんじゃ!ということで、私はどうしてももんじゃ屋さんで働いてみたいと思った。
ブログを書くのも久しぶり。…インスタグラムは開いてさえいない。(FacebookはアプリもiPhoneの中にないので、論外。)私のソーシャルメディアとの付き合い方についてはまた別途記したい…
「普段、怒ることってよくあります?」この質問に、あなたはどう答えますか?
毎日ひたすらぼーっとしていた。(え。9月も終わりなんですけど。まじでなんの生産性もない、ぼーっと期間。 昔から、「頑張ってこそ意味がある、価値がある」という強い信念に生かされてきた私なので、まるで別人である。振れ幅の差よ。笑
私たちは誰しも「不確かな夜」を経験する。でも聖書には、神は私たちの日々の必要を、朝になる前に、夜のうちに備えると書いてある。特に創世記、この世界が造られるはじめは1日ごとに「夕があり、朝があった」と。
インスタグラムの原文が英語なので、日本語はまた別の文章になるかな…ていうか、長い。笑
これもまた、元の文章が英語なのでそのまま日本語にすると変になる。。と言うことで、原文(instagram)とは別の表現も含めて書いていきます。